MIPSを活用し、より安全なセンチネルリンパ節生検を実施
日本人女性が罹患するがんの中で、最も多いものが乳がんです。世界的に見ても、乳がんの罹患率は上昇傾向にあり、手術、薬物療法、ゲノム医療など、さまざまな治療開発が進んでいます。
かつて乳がんの標準治療では、リンパ節転移の有無にかかわらず、腋窩リンパ節郭清が行われていました。この治療は、腋窩領域での再発を防ぐ最も確実な方法ですが、多くの患者さんがリンパ浮腫といった術後の後遺症に悩まされてきました。そこで、2000年代前半頃からは、患者さんの体の負担がより少ないセンチネルリンパ節生検が普及し始めました。「見張りリンパ節」と呼ばれるセンチネルリンパ節を摘出し、術中病理診断で転移の有無を確認することで、不要なリンパ節郭清を防ぐことができます。
当院では、プロジェクションマッピングの技術を応用し、患者の体表や臓器にリアルタイムで手術ガイド情報を投影できるMIPS(Medical Imaging Projection System)という装置を導入し、より安全かつ確実にセンチネルリンパ節生検を行っています。
新しい試みとして、TADの臨床試験も進行中
さらに当院では、乳がん手術の一つとして、標的腋窩リンパ節切除術(TAD:Targeted Axillary Dissection)も実施しています。TADでは、センチネルリンパ節生検に加え、術前化学療法を行う前にがん転移が認められたリンパ節も摘出します。のちに行われる手術で同定できるよう、診断時に転移のあったリンパ節にクリップで印を付けておくという手法です。TADはまだ標準治療としては認められておらず、臨床試験の段階ですが、世界中で少しずつエビデンスが示されつつあるため、今後は日本でも標準治療となる可能性が高いと考えられています。
AKT阻害薬など遺伝子変異に基づく治療薬も登場
ホルモン療法や抗がん剤、分子標的薬など、乳がんの薬物療法も日々進歩しています。当院では治験を多く実施しているため、近い将来には標準治療になる可能性の高い薬剤を、患者さんがいち早く試すチャンスを得ることができます。
また最近は、AKT阻害薬など遺伝子変異に基づく新たな治療薬も登場しています。AKT阻害薬は、ホルモン受容体陽性の乳がんで、PIK3CA/AKT1/PTENの3つの遺伝子のいずれかに変異を有する場合に適応となる薬剤です。これまでのゲノム医療においては、がん遺伝子パネル検査を行っても、適応する薬剤が見つかるケースは1割程度でした。しかしAKT阻害薬は、検査した患者さんの4~5割が治療対象に該当し、かつ保険診療で使うことができます。AKT阻害薬は、昨今の薬物治療の発展を象徴すると同時に、ゲノム医療とのつながりという意味でも非常に重要な薬剤です。
最先端のゲノム医療を提供する、全国でも有数の施設
当院は最先端のゲノム医療に取り組んでおり、がん遺伝子パネル検査を実施した後、検査で得られた結果が臨床上どのような意味を持つのかを医学的に解釈するための会議(エキスパートパネル)も行うことができる、全国でも数少ない施設です。さらに、ゲノム医療の一つである、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の診療を行う基幹施設として指定されている病院でもあります。
HBOCは乳がん全体の約5%にあたると言われています。2020年には、HBOCの患者さんに対する予防的な乳房切除や卵巣卵管切除が保険適用となりました。当院では、専門医による遺伝学的診断や、認定カウンセラーによる遺伝カウンセリングを行い、HBOCの患者さんの遺伝医療をチームでサポートしています。
このように、手術も薬物療法もゲノム医療も、当院では最新の技術を積極的に取り入れ、大学病院だからこそできるプラスアルファの治療を常に患者さんに提供しています。乳がんの診療は日進月歩で、非常に複雑になってきている側面もありますので、地域の先生方に情報発信をしながら、私たちも共に学び続けていきたいと考えています。
Doctor's Profile
ながはし まさゆき
永橋 昌幸
乳腺・内分泌外科
准教授
- 専門分野
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- 乳腺一般
- 薬物療法
- 資格
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- 日本乳癌学会 乳腺専門医
- 日本外科学会 外科専門医・指導医
- 日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医
- 日本がん治療認定機構 がん治療認定医
- 日本消化器外科学会 消化器外科専門医
- 米国外科学会 Fellow of American College of Surgeons
- 日本人類遺伝学会認定臨床遺伝専門医
- 医学博士(2008年)
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