

薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)への対応が変化
2023年7月、薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)の病態と管理に関するポジションペーパー(PP)が7年ぶりに改訂されました(PP2023)。PPとは、専門学会に所属するエキスパートがこれまでの研究成果や経験に基づいて議論を重ね、学会としての立場・見解を述べた論文です。
MRONJの原因薬剤として知られる骨吸収抑制薬(ARA)は、がんの骨転移や骨粗鬆症の治療に用いられるビスホスホネート(BP)やデノスマブを指します。ARAは骨の代謝を抑制するため、抜歯窩やインプラントの治癒過程を遅らせ、稀にではありますがMRONJを発症するリスクがあります。MRONJは、最初に報告されてからまだ20年と日が浅く、予防や治療に関する考え方や取り組みが変化します。内科や整形外科の医師、乳がんや前立腺がんを診療する医師、歯科医師、薬剤師、看護師など、MRONJに関わる幅広い領域の方たちが、最新の情報を取り入れる必要があります。
リスク因子として抜歯よりも歯性感染を重視
BPは、がんの骨転移には注射で、骨粗鬆症には経口で投与され、当初は前者でのMRONJが大部分でした。がんの骨転移には高用量で投与され、MRONJのリスクが高いのは間違いないのですが、骨粗鬆症に低用量(経口だけでなく注射のARAも増えている)で投与される場合でも、長期に及ぶとMRONJを発症する患者は増加しています。最近では低用量、つまり骨粗鬆症にARAを投与されているMRONJ患者のほうが多くなっています。
MRONJ発症のリスク因子としては、従来は抜歯やインプラント埋入などの侵襲的歯科処置が重視されていました。そのため、本来は抜くべき歯を歯科で抜歯してもらえない「抜歯難民」が多数生じました。その結果、抜歯していないにもかかわらず、MRONJを生じる患者が増加しました。現在では「抜歯は必ずしもMRONJの発症を促すのではなく、MRONJを顕在化させる」と考えられるようになりました。PP2023では「治療として抜歯を必要とするような根尖病変や歯周病、インプラント周囲炎などの感染性歯科疾患の存在がリスク」とされています。また、逆転の発想で潜在しているMRONJを抜歯によって顕在化できれば、早期に治療開始できる、というのも重要な視点です。
歯科処置・手術前の予防的休薬は原則不要
従来は抜歯前の予防的休薬が多くの施設で行われていましたが、抜歯前2~3ヶ月間の低用量BPの休薬でMRONJの発症が有意に減少するというエビデンスは得られませんでした。ARA休薬による待機期間中に顎骨骨髄炎や顎骨壊死が進行するリスクも考慮し、PP2023においては「原則として抜歯時にARAを予防的に休薬しないことを提案する」とされました。
また、MRONJは「難治性で手術すると悪化する」と考えられていましたが、近年は多くは治癒可能であることが明らかになってきました。そのためPP2023では、基本的に骨露出も含めたすべての症状の消失、すなわち疾患の「治癒」を治療目標とすることが望ましいとされ、手術の優先度が高まっています。


MRONJ予防における医歯薬連携の重要性
ARA開始前ならばゼロリスクであるため、PP2023では「原則として骨粗鬆症治療を開始する患者には全例が歯科スクリーニングの対象」とされました。かかりつけ歯科を定期的に受診されている患者では問題がないことが多いです。一方、自覚症状があるけれども放置している歯はもちろん、「自覚症状がないので歯科を受診していない」という患者であっても、医師・薬剤師は根尖病変や歯周病をはじめとする歯科疾患やその治療内容を、歯科医師はARAの必要性を知り、相互理解が深まれば、患者に歯科受診を促すことができます。骨粗鬆症治療を継続して脆弱性骨折を予防し、同時にMRONJを予防するためには、医師・歯科医師・薬剤師のコミュニケーションを十分に図ることが極めて重要なのです。
PP2016の発表後に、各地域で医歯薬連携の取り組みが広がり、成果が得られています。当院が所在する阪神間においても、地域の医師・歯科医師・薬剤師の皆さまにPP2023を参照いただき、連携体制をさらに強化していきたいと考えています。
Doctor's Profile
きしもと ひろみつ
岸本 裕充
歯科口腔外科
診療部長
- 専門分野
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- 口腔外科:インプラント
- 顎変形症
- 周術期口腔管理
- 資格
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- 日本口腔外科学会 専門医・指導医
- 院内感染予防対策認定医(ICD)
- 日本口腔感染症学会 認定医
- 日本がん治療認定医機構 暫定教育医(歯科口腔外科)
- 日本口腔インプラント学会 暫定指導医
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