疾患概要
嗅覚(きゅうかく)とは、ヒトの五感のうちのひとつで、「におい」を感じる感覚のことです。嗅覚障害とは、この嗅覚になんらかの異常が生じている状態のことを指します。嗅覚が障害を受けると生活の質に大きな影響を及ぼします。
嗅覚障害は、基本的に量的障害と質的障害に分かれます。
(1)量的嗅覚障害
においの感覚が減弱した状態である嗅覚低下と、全くにおいを感じない状態である嗅覚脱失に分かれます。病院を受診される患者さんの大部分はこの量的障害にあたります。
(2)質的嗅覚障害
においを感じる様態に変化が生じた状態のことをいいます。たとえば、代表的なものに異嗅症があります。異嗅症は、刺激性異嗅症と自発性異嗅症に分けられます。
刺激性異嗅症とは、あるもののにおいを嗅いだときに「そのもの本来のにおいと異なるにおいを感じる」、「何のにおいを嗅いでも同じにおいに感じる」など、周囲ににおい物質が存在する状況で感じる異常です。
自発性異嗅症とは、周囲ににおい物質が存在しない状況で「常に鼻や頭の中ににおいを感じている」、「何もにおいがないはずなのに突然においを感じる」などのように、その本人のみが自覚的ににおいを感じている状態です。
原因・症状
最も多い原因は慢性副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)で、次いで感冒、頭部外傷の順に多いとされています。その他、アレルギー性鼻炎、脳疾患、薬物、手術(脳、頭蓋底、鼻副鼻腔)、先天異常、加齢などがあります。
嗅覚障害の病態は、以下の3つの病態に分類されます。
(1)気導性嗅覚障害
鼻で呼吸をした際に、鼻の入り口(外鼻孔)から吸入された空気が嗅細胞の存在する嗅裂という部位に到達しないために生じる嗅覚障害です。慢性副鼻腔炎、特にポリープ(鼻茸)を伴う例に多く、その他アレルギー性鼻炎が原因となります。
(2)嗅神経性嗅覚障害
嗅細胞が傷害を受けて嗅覚の低下をきたす状態です。この病態には感冒後嗅覚障害(風邪を引いた後に起こる嗅覚障害)のように、嗅細胞へのウイルス感染により嗅細胞が傷害を受ける場合と、頭部や顔面の外傷により嗅神経が直接的に傷害を受ける場合があります。
(3)中枢性嗅覚障害
嗅覚路(においの伝わる神経回路)の障害により生じる嗅覚障害のことです。原因は頭部外傷による脳挫傷が最も多く、脳腫瘍、脳出血、脳梗塞なども原因となります。パーキンソン病やアルツハイマー型認知症などの神経変性疾患にも嗅覚障害が合併し、特に、これらの疾患の主症状の発症前に嗅覚障害が出現することが知られています。
検査
まずは問診、アンケートにより嗅覚障害の程度や質を調べます。
次に、以下の検査で嗅覚障害の程度をさらに詳しく調べます。
日常のにおいアンケート
日本人の生活でなじみ深い20種類のにおいそれぞれについて、「わかる」、「時々わかる」、「わからない」、「最近かいでない、かいだことがない」の4段階で答えてもらうアンケートです。
基準嗅力検査(T&Tオルファクトメーター)
5種類の嗅素(におい)をかいで、においを初めて感じた濃度(検知域値)、何のにおいかを認識できた濃度(認知域値)を測定します。
静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)
アリナミン®注射液を静脈内に注射し、注射開始からにおいを感じるまでの時間とにおいを感じてから消失するまでの時間を測定します。
また、鼻腔内視鏡検査や副鼻腔CTで慢性副鼻腔炎や鼻副鼻腔腫瘍、アレルギー性鼻炎の有無を確認します。さらに、頭部MRIにより嗅覚障害にかかわる中枢性疾患の有無を調べることもあります。
治療
治療方法は原因により異なりますが、ステロイド点鼻や内服、ビタミン製剤、代謝改善薬、亜鉛製剤、医療用漢方製剤などを用います。近年では身近でなじみのあるにおいを意識してかぐ行為である嗅覚刺激療法という治療法が有効とされており、当科でも積極的に行っています。
慢性副鼻腔炎が原因の場合は、まず内服治療を行い、改善しない場合は手術治療(当サイトの別項参照)の適応になります。
嗅覚障害の治り方には個人差があり、治療を開始してすぐに嗅覚が戻る患者さんはほとんどいません。そのため数か月から数年かけてじっくりと治療を続けることが重要です。定期的に診察とあわせて嗅覚検査を行うことで、嗅覚の変化を観察します。
メッセージ
「何年もにおいがしなかったけれど、治療を続けるうちににおいを感じるようになって嬉しい。あきらめなくてよかった。」と言ってくださる患者さんがいらっしゃいます。
嗅覚障害でお困りの方はお気軽に当科までご相談ください。
分野ごとに専門的な診療を行っています
聴覚・平衡覚・嗅覚・味覚などの感覚医学、頭頸部腫瘍の診療を行っています。鼓室形成術、人工内耳埋め込み手術、めまいの検査と治療、顔面神経麻痺、内視鏡下副鼻腔手術、手術用ナビゲ-ションシステムの応用、嗅覚・味覚専門外来、幼児難聴、補聴器外来、頭頸部がんに対する集学的治療を行っています。
都築 建三(つづき けんぞう)診療部長